水草水槽を作るとき、水質は『弱酸性の軟水』が良いと言われます。しかし、この理由を調べようとすると大抵の場合、弱酸性の軟水を”好む”水草が多い、と書いてあるだけで、なぜ弱酸性の軟水を好むのか、についてその理由を詳しく説明してあるものはほとんどありません。実際、私もこれまで20年以上、様々な雑誌、参考書、ウェブサイトを見てきましたが、明確な説明に出会ったことはありません。
そこで今回は、私がこれまでに得た知識を総合して、おそらくこういった理由ではないか、という仮説を書いてみたいと思います。以下の文章で、断定的に書いてしまう部分もあるかと思いますが、個人の見解ということで、参考程度に読んでいただければと思います。
弱酸性の軟水とはどういうものか
まず最初に、水草に良いとされる弱酸性の軟水とはどういうものか考えてみたいと思います。
アクアリウムに関する多くの文献で、弱酸性とは、pH=6.0~6.5程度、軟水とは硬度が0~3程度と書かれていることが多いです。では、このpHと硬度(KH,GH)とは何を指す数字なのでしょうか。
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pH
pHは水素イオン濃度の指標
pHが酸性、アルカリ性の強さを表す指標ということはご存知でしょうが、より詳しく言うと、水中の水素イオン濃度を指す指標となります。水中で水の一部は、水素イオンと水酸化物イオンに分かれます。水素イオンと水酸化イオンの数が同じときを『中性』といい、水素イオンが多い水を『酸性』、水酸化物イオンが多い水を『アルカリ性』といいます。
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二酸化炭素はpHによって形を変える
水草は弱酸性を好むと言われますが、なぜ弱酸性(水素イオンが多い水)を好むのでしょうか。その答えの一つは、水中に溶けている二酸化炭素にあると思われます。
二酸化炭素は水に溶けると『炭酸』になります。この炭酸ですが、溶けた水のpHによって形を変えます。
上のグラフには、赤、青、緑の線がありますが、これらは各pHにおける炭酸(赤)、炭酸水素イオン(青)、炭酸イオン(緑)の存在比を現しています。簡単に言うと、pHが低くなると炭酸(赤)が増え、pHが高くなると炭酸水素イオン(青)や炭酸イオン(緑)が増えるということです。ここでは、pH=6.5以下の酸性だと赤が最も多く存在し、pH=7以上になると赤がほぼなくなり、青や緑に変化すると覚えておいてください。
多くの水草は、炭酸イオンや炭酸水素イオンを光合成に利用できない
ここで問題になるのは、水草が光合成をするとき、二酸化炭素が上の赤、青、緑のどの形でも利用できるのか、ということです。おそらく、多くの水草では、上の青や緑の状態の二酸化炭素を光合成に利用することができない、もしくは、できるとしてもかなり効率が悪いと思われます。つまり、どれだけ二酸化炭素を多く添加しても、水のpHが高ければ、二酸化炭素は青や緑の形になってしまうため、水草はそれらを光合成に利用することができないということになります。こういった理由から、pHを6.5以下にしていた方が光合成が活性化する ⇒ 水草は弱酸性を好む と言われているものだと推測します。
KH(炭酸塩硬度)
アクアリウムのKHは硬度を指す指標ではない
続いてKHです。軟水=KHが低い という意味で使われがちですが、KHとは何なのでしょうか。
KHは『炭酸塩硬度』のことで、本来は、炭酸イオンや炭酸水素イオンと結合しているカルシウム、マグネシウムの濃度を表します。しかし、アクアリウムで使われる試薬は、カルシウムやマグネシウムを測定しているわけではありません。実際は、それらが結合しているとされる『炭酸水素イオン』の濃度を測定しています。本来、硬度とは、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル濃度を示す指標なのですが、アクアリウムで使われる炭酸塩硬度KHは、ミネラルを測定していないのです。
感が良い人はすでに気付いていると思いますが、KHで測定している『炭酸水素イオン』は、先に述べた、二酸化炭素が形を変えてできた炭酸水素イオン(青)と同一のものになります。すなわち、KHが高い水というのは、上のグラフで青が多く存在する部分であり、比較的pHが高い水ということになります。当然、光合成に利用できない状態で二酸化炭素が存在するので、水草の成長は望めません。
ここまでで分かるように、KHが高い水というのは、必然的にpHが高いということになります。pHが高いからと言ってKHが高いということはありませんが、KHが高い場合は必ずpHも高いはずです(高いと言っても中性かそれ以上で、酸性ではないという意味)。
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GH(総硬度)
GHはカルシウムとマグネシウムの濃度
続いてGHですが、GHとは『総硬度』のことで、水中のカルシウムとマグネシウムの濃度を示す指標になります。こちらが一般的に理解されている硬度のイメージと近いと思います。GHが高い水はミネラルを多く含む硬水、逆にGHが低い水はミネラルが少ない軟水ということになります。
水草は軟水を好むと言いますが、硬水(=ミネラルが多い)だと水草にどのような影響があるのでしょうか。
拮抗作用
実は、GHが高い場合、植物が栄養素を吸収する効率に影響を及ぼす可能性があります。人間でも、○○と△△を一緒に食べると吸収が良くなるとか逆に吸収が悪くなるといったことが起こりますが、同じことが植物にも言えます。カリウム、カルシウム、マグネシウムにおいて、どれかの濃度が極端に高くなると、その他のものの吸収が妨げられるという作用が起こります。これを『拮抗作用』と言います。
GHが高い(=カルシウムとマグネシウムの濃度が高い)場合、三大栄養素の一つであるカリウムの吸収が阻害されます。カリウムは植物にとって極めて重要な元素であるため、吸収が阻害されるとたちまち成長に影響が出ます。そのため、GHが高い水では、水草の成長が悪くなる可能性が高くなります。これが、多くの水草が軟水を好むとされる理由です。
カルシウム濃度が上昇する原因
カルシウム・マグネシウム濃度が上昇する原因としては、主に下記の二つがあります。
- 水道水に含まれるカルシウムの濃縮
- 底砂や石からの溶出
まず、一般的な水道水にはわずかながらカルシウムが含まれています。台所のシンクや浴室で白い汚れ(水垢)が付くことがあると思いますが、あれは水道水に含まれる炭酸カルシウムが析出したものです。地域によりますが、日本は軟水の地域が多いので、水道水に含まれる濃度であれば水草の成長に悪影響を与えることはあまりありません。しかし、水替え頻度が少なく、足し水で管理しているような水槽だと、徐々に炭酸カルシウムが蓄積されていき、GHが上昇することがあります。
二つ目の原因として底砂やレイアウトに使用している石からカルシウムが溶け出すことがあります。通常、水草水槽では二酸化炭素を添加するため、水質が酸性に傾きやすくなりますが、水質が酸性になるほど、石や砂からカルシウムが溶け出しやすくなります。水槽立ち上げ直後は水草が順調に育っていたのに、時間とともに成長が悪くなった。二酸化炭素は十分添加しており肥料も与えていて、成長が悪くなる理由が分からない、という場合、気づかない間に徐々にGHが上昇している可能性があります。
水槽に下の写真のような汚れがつくという方は、GHが上昇している可能性がありますので、注意が必要です。
まとめ
ここまでをまとめると、
ということになります。
KHを測定する意味
ここまでの説明で、pHとGHは測定する必要があることが分かったと思います。一方で、KHは測定する必要がないのではないか、ということになりますが、これは半分正解で半分不正解です。
KHは炭酸水素イオンの濃度と言いましたが、炭酸水素イオンにはもう一つの性質があります。それが『pHの緩衝作用』です。
緩衝材などの言葉からも想像できるように、酸やアルカリ成分が加えられたときに、水槽のpHの変動を和らげる効果のことを言います。
上で、pHは水素イオン濃度であり、pHが高い(水素イオンが少ない)と二酸化炭素は炭酸水素イオンになると説明しました。逆を言えば、炭酸水素イオンが存在する水に酸(水素イオンを多く含む水)を加えた場合、加えられた水素イオンは炭酸水素イオン(青)が炭酸(赤)に変化するために消費され、pHの変化が抑えられることになります。すなわち、KHが高いほど、水槽に酸を加えた時にpHが変化しにくいということです。
結論
さて、結論になりますが、この記事の表題、『水草はなぜ、弱酸性の軟水を好むのか』の答えとしては、先にも書いた通り、
ということになります。
ちなみに、中性以上のpHを好む水草があったり、水草の調子が悪い状況でもコケが元気に育つ理由も、上記の理屈から説明できます。これらの水草やコケは、炭酸水素イオンや炭酸イオンを光合成に利用できるのだと思います。そういった植物は、KHが高い環境でも光合成を行うことができ、他の水草が調子が悪い中でも、元気に成長することができるのです。
光合成の重要性
ここまで、弱酸性が良い理由は光合成のためと説明してきましたが、『光合成ってそんなに重要なの?』と思っている方、いらっしゃるのではないかと思います。光合成ができなくても、肥料を与えれば元気に育つのではないか、という理論です。ですが、これは、完全に間違っています。
ガーデニングや家庭菜園をしている方はよくご存知だと思いますが、肥料の主成分は、窒素、リン酸、カリウムになります。窒素は茎や葉の成長に、リンは花や実、カリウムは根の成長に効くと言われています。しかし、植物を構成する元素で最も多く使われているのは、窒素でもリンでもカリウムでもなく、『炭素』なのです。そう、光合成で吸収する二酸化炭素こそが、植物の成長で最も多く必要とされる元素なのです。
光合成がまともに出来ていない植物に肥料を与えると、肥料に負けて枯れることが良くあります。光合成が出来ていることが植物にとって最低限の状態であり、その状態で初めて肥料を吸収することができるのです。肥料は光合成の代わりにはなりません。
水草の状態が悪いとつい肥料を与えがちですが、園芸の世界では、成長軌道に乗る前や状態の悪い植物に肥料を与えることはご法度です。挿し木をする場合も、肥料が含まれない土で行った方が成功率が高いことはよく知られています。
植物を育てるには光合成が最も重要であることを意識しましょう。
いわゆる『弱酸性の軟水』を作り出すためにはどうしたら良いか
ここまでで、水草が弱酸性の軟水を好む理由と、その重要性は理解できたと思います。では、どうしたら、水槽の水を弱酸性の軟水にできるのでしょうか。
GHが高い場合の対処方法
GHが高い場合の対処方法ですが、手っ取り早くて確実なのは水換えです。水道水自体の硬度が高い場合は水換えしても解決しないのですが、水道水が軟水の地域であれば、水換えするのが一番の方法です。水道水が硬水の場合は、イオン交換水を使うかGHを下げる効果があるフィルターや薬品を使用することになるかと思います。
pH、KHが高い場合の対処方法
水換えを行う
こちらでも最初に行いたいことは『水換え』です。
アクアリウムの水質調整には、何かを加えて調整する方法と、水槽から何かを除去して調整する方法がありますが、何かを加える方法で調整すると、水槽の中に様々な成分が蓄積され、調整がどんどん複雑になっていきます。最初はうまく言った方法も、様々な成分が蓄積されることで副反応が生じ、効果が出なくなっていきます。したがって、アクアリウムの水質調整は、可能な限り引き算で行うことが望ましいです。
水換えは、アクアリウムのメンテナンスの中で、最も簡単で最も効果的な引き算になります。まずは水換えを行い、水槽内の炭酸水素イオン濃度を下げましょう。この後何かを添加するにしても、先に水換えをして緩衝作用をもつ成分を減らすことで、より効果が出やすくなります。
蛇足ですが、私は以前、換水無しでの水槽管理にトライしたことがありましたが、水槽の緩衝作用が高まりすぎて、最終的にはどれだけ酸を加えてもpHが下がらなくなり、継続できなくなってしまいました。水槽は閉鎖された空間ですので、引き算をしないといつか崩壊してしまいます。また、どうにもならなくなってからの換水は、水槽へのショックが大きいです。換水による水質変化が大きくなりすぎないよう、こまめに水換えを実施することを強くお勧めします。
水質調整剤を使用する
いくら水換えを行っても、水槽が弱酸性の軟水にならないことがあります。水道水のpH、KHが高い場合がそうです。私の家も、水道水のpHが7かそれ以上あります。この場合、水換えを行うことで逆にpHが上昇してしまうことすらあり得ます。そういった場合は、調整剤などでpH、KHを調整するしかありません。
この調整剤は非常に便利でよいのですが、一つだけ懸念があります。ネットで調べた情報によると、この調整剤にはリン酸緩衝液が使われているようです。諸説ありますが、リン酸は黒髭ゴケやサンゴ状ゴケの原因になる可能性があります。黒髭ゴケは分かりませんが、サンゴ状ゴケはリン酸過多で発生すると私は思っています(自身の経験上)。使用する際はそのあたり注意しながら使用すると良いかと思います。
新パッケージになって成分が表示されるようになりました。塩酸と硫酸が主成分のようですので、富栄養化によるコケの心配はなさそうです。安心して使えますね。
浄水器(電解水)を使用する
これは私が実際に実践している方法ですが、アルカリ電解水生成装置でできる『酸性水』を利用するというものです。
この記事の最初で、水は水素イオンと水酸化物イオンに分かれると書きましたが、電気分解で水素イオンが多い水と水酸化物イオンが多い水に分ける機能がついた浄水器があり、これを使えば調整剤を使うことなく、酸性の水を作ることができます。